使える(σ・∀・)σ ニュース2ch

オススメヘッドライン

  

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



 以下コメント欄となります
  2016/02/05 01:50 #:652018

当時の欧州の事情も良く判んなく興味無かったが
映像の世紀見て興味持ち今ではww2より面白い

  2016/02/05 02:09 #:652023

ww2→起きるべくして起きた
ww1→なぜあんな形で起きてしまったのか

ww1はいつか起きるものだったと思うのやけど、現代の感覚で考えると開戦の経緯がメチャクチャ過ぎるわ
どう見ても19世紀までの戦争と同様に「まあ誰か調停してくれるやろ」感が凄い

主だった国がみんな戦争に参加しとるから調停役がおらんのにな

  2016/02/05 02:23 #:652025

オーストリアがセルビアなぐったら、ドイツがロシアに殴られる事に備えてフランスに攻め込んだ

  2016/02/05 02:24 #:652026

おいやっちまおうぜ、やっちゃいますか!?

ままそう焦んないでよ、パパッとやってオワリっ!

あれ~おかしいね、終わらないね

やべぇよ…やべぇよ…

やめてくれよ(絶望)

  2016/02/05 02:32 #:652027

ベンジャミン・フリードマン①何故米国がWW1に参戦したのか
ベンジャミン・フリードマン②英仏露のドイツに対して企んだ陰謀と理由
ベンジャミン・フリードマン③ユダヤ人の正体とは?

  2016/02/05 02:39 #:652029


さて、ドイツでは一発の弾丸さえもドイツ国土へは打ち込まれていなかったのです。国境を越えてドイツに入った敵兵士も全くありませんでした。そして、ドイツはイギリスに和平条項を持ちかけていたのです。彼らが英国に対して示した和平の交渉は、法律用語で言えば"status quo ante basis"(旧状を保持する)というものでした。これは、「戦争を止めて、すべてを戦争前の状態に戻そう」ということです。イギリスは1916年夏にはこの申し出を真剣に検討していました。他に選択肢は無かったからです。ドイツの寛大な提案である和平交渉を受け入れるか、もしくは、完全に敗北している戦争を継続するか、どちらかでした。

和平交渉が進んでいる中、ドイツのシオニストたちは、東ヨーロッパのシオニストたちを代表して、英国戦争内閣を訪問しました。ですが、この話は長くなるので端折りますが、ここにいる誰でも興味があるか、私が言っている事が可能だと信じていない場合には、私は自分の話を証明できる文書は全部残してあります。

ロンドンへ行ったシオニスト達は英国の戦時内閣へ行って言ったんです。「ここを見て下さい。この戦争にまだ勝つ事ができますよ。あきらめる必要はありません。ドイツから申し出された和平交渉を今受け入れる必要はありません。アメリカが同盟国として出てくるのなら勝つ事ができるのです。」

。彼らは英国に言いました。「イギリスの同盟国としてアメリカを参戦させ、あなたたちの側で戦わせることを保証しましょう。条件は、勝利の後にわれわれにパレスチナを与えると約束してもらうことです。」言い換えると、彼らはこの取引をしたのです。我々がアメリカを同盟国として参戦させる。その代償に、ドイツ、オーストリア、ハンガリーとトルコを負かし勝利を収めたら、パレスチナを差し出さなければならない。

そしてその後すぐに、覚えておられる方が何人いるかは分かりませんが、ほぼ完全に親ドイツであった米国は、完全に親ドイツであった米国は、なぜならこの国の新聞はユダヤ人によって支配されていましたし、銀行家達はユダヤ人でしたし、この国のマスコミの全てのメディアはユダヤ人によって支配されていました。

そして彼らは親ドイツ派だったのです。なぜならユダヤ人達は多くの場合ドイツから来ていて、彼らはドイツがロシア皇帝をいたぶるのを見たかったのです。ユダヤ人はロシア皇帝が嫌いで、彼らはこの戦争でロシアが勝つのを見たくはなかったのです。ですからドイツの銀行家達は、ドイツのユダヤ人達は、クーン・ロブや米国内にあるその他の巨大銀行企業はフランスや英国に1ドルたりとも資金を調達することを拒んだのです。彼らは傍観して言ったのです。「フランスと英国がロシアと組んでいる限り1セントも出さない」とね。

しかし彼らはドイツにお金をつぎ込み、ロシア帝政体制をいたぶろうとロシアに敵対してドイツと戦っていたのです。

さて、これらの同じユダヤ人達はパレスチナを得る可能性を見ると英国へ行きこの契約をしたのです。その時全てが変わったのです。赤信号から青信号へ変わる交通信号の様でした。


  2016/02/05 02:46 #:652030


さて、戦争が終わり、1919年にドイツ人達はパリへ、パリ講和会議へ行きました。
その講和会議でユダヤ人達がドイツを分断し、ヨーロッパを振り分けた時に、ヨーロッパの領土の特定の地域の権利を主張する全てのそれらの国に対し、ユダヤ人達は言ったんです。「我々のパレスチナはどうなるんですか?」とね。そして彼らはドイツ人達には最初の知識になるこのバルフォア宣言を出して見せたのです。

ですからドイツ人達は初めて気づいたのです。全てはゲームだったことを。だから米国が参戦したのだと。そしてドイツ人達は初めて気づいたのです。自分達が敗北し、課せられた大変な賠償をこうむったのはなぜなら、シオニスト達はパレスチナが欲しくて彼らはどんな犠牲を払ってもそれを得ようと決め込んでいたからです。

さて、それは別の非常に興味深い点を私達にもたらしています。ドイツ人達がこれに気づいた時に彼らは当然憤慨していました。

それまでユダヤ人達はドイツで世界中のどこの国でも決してないような良い暮らしを享受していたのです。そこにはラーテナウ氏がいて、彼は産業と金融において、おそらく、この国のバーナード・バルークの100倍重要な人物ではないでしょうか。北ドイツロイドとハンブルクーアメリカラインの2つの大きな汽船ラインを所有するバリン氏がいました。ホーヘンゾレン一家の為の銀行家である Bleichroder氏もいました。ハンブルクには世界最大の商業銀行家であるウォーバーグがいました。ユダヤ人達はドイツでとても良い暮らしをしていたのです。それについては何の疑問もありません。

さて、ドイツ人達は「これはかなりの裏切りではないのか」と感じたのです。「我々は彼らに対してとても良くしてきてあげたのに」

そしてロシアで初の共産主義革命が失敗してユダヤ人達はロシアから混乱して出され、彼らが全員ドイツに向かった1905年からドイツは彼らに避難所を与えてくれたのです。そして彼らはとても親切に扱われたのです。

そして彼らはいわゆる”ユダヤ人の連邦”としてパレスチナを何よりも望んでいた為に、ここで彼らは全く理由も無しにドイツを川へ売り落としたのです。


















5EM ちゃん 2 日前
②【ベンジャミン・フリードマン 英仏露のドイツに対して企んだ陰謀と理由】

想像してみてください。するとその敗北後に、この国内の中国人だったと、ずっと私達と共に仕事をしてきた忠実な市民だと思っていた私達の中国人市民がソ連に私達を売って、彼らによってアカの中国が私達に敵対して参戦したのだったとわかったのなら、中国人に対して米国内で私達はどのように感じるでしょうか。どの通りでも彼らの内の一人も顔を見せる勇気のある者はいないと思います。彼らをやっつけるのに十分に便利な街灯もなかったのです。どのように私達が感じるか想像してみて下さい。まぁ、それがドイツ人達がそれらのユダヤ人に対して感じた事です。「我々は彼らに対してとても良くしてきてあげたのに」

そしてロシアで初の共産主義革命が失敗してユダヤ人達はロシアから混乱して出され、彼らが全員ドイツに向かった1905年からドイツは彼らに避難所を与えてくれたのです。そして彼らはとても親切に扱われたのです。

そして彼らはいわゆる”ユダヤ人の連邦”としてパレスチナを何よりも望んでいた為に、ここで彼らは全く理由も無しにドイツを川へ売り落としたのです。

さて、ナホム・ソコロウや全ての偉大な指導者や今日、あなたが読むシオニズムとの接点の中での大物達、彼らは1919年、1920年、21年22年、23年と彼らの全ての論文に書きました。そして出版物は彼らの声明文で一杯だったのです。そのドイツでのユダヤ人に対する感情は、我々の仲裁や米国がドイツに敵対し参戦した事によってもたらされた酷い敗北であった事に彼らが気づいたという事実によるものである、と。

ユダヤ人自身がそれを認めていたのです。

ユダヤ人の血の入ったグラスはコカ・コーラやミュンヘンビールよりも良い味ではないと1919年に発見したのはドイツだったのです。そこには宗教的感情はなかったのです。彼らの単なる宗教的信念の理由でそれらの人々に対して何の感傷もなかったのです。全てが政治的だったのです。経済的だったのです。決して宗教的ではなかったのです。ユダヤ人が家に帰って幕屋を下ろして「イスラエルよ、聞け」だとか「私達の父よ」と言おうがドイツでは誰も気にしていなかったのです。米国で彼らが気にする程ドイツでは誰も気にしていなかったのです。

さて、後にドイツで現れたこの感情はひとつの事によるものだったのです。ドイツ人が自分達の惨敗はユダヤ人のせいだと気づいたからです。なぜなら、第一次世界大戦はドイツの責任ではなく、理由もなしにドイツに敵対して始まったからです。彼らは何もないのに有罪とされたのです。唯一成功していたという以外はです。

彼らは大きな海軍を築きました。彼らは世界貿易を築いたのです。

あなた方は思い出さなければなりません。ドイツがナポレオンの時代、フランス革命の時代には300もの小国でドイツ帝国は形成されていたのです。300の小国です。小さな都市国家や君主、公国などでした。300もの小さな独立した政治的実体です。そしてその頃に・・・ナポレオンとビスマルクの時代の間にそれらの国々は一国に統合されました。

そしてその時代より50年以内に彼らは世界列強のひとつとなったのです。彼らの海軍は英国海軍のライバルになり、彼らは世界中でビジネスをし、彼らは誰より安く販売し、誰よりも良い製品を作る事ができたのです。そしてどうなったのでしょうか。その結果どうなったのでしょうか。

英国、フランス、ロシアの間で”我々はドイツを押さえつける必要がある”との陰謀があったのです。なぜならそれら3カ国がドイツを政治的に地図から除こうと決める正当な理由が世界の歴史からはひとつも見つからないからです。さて、その後何が起きたのでしょうか。

自分達の敗北がユダヤ人のせいだとドイツが気づいた時、当然彼らは憤慨したのです。ですがどのユダヤ人の髪の毛一本でさえ傷つけられていないのです。一本もです。

国務省の全機密文書にアクセスしたジョージタウン大学のタンシル教授は自分の本の中に、1933年にいわゆる政治犯の収容所を調査するためにコーデル・ハルがヨーロッパに送ったユダヤ人のヒューゴ・スコーンフェルトによって書かれた国務省の文書を引用して書きました。そして彼らが非常に良い状態であることがわかったと彼は返信しました。彼らは良好な体型であり、誰もが良く扱われていました。そして彼らは共産主義者で一杯だったのです。彼らの多くはユダヤ人達でした。なぜなら当時ヨーロッパでユダヤ人達はおそらく98%の共産主義者だったからです。そしてそこには祭司や閣僚がいましたし、労働指導者やメーソン達、そして国際的な提携を持つその他の人々がいました。

さて、ユダヤ人達はこの事実に蓋をし続けようとした感じでした。彼らがドイツを売り、ドイツが彼らに憤慨しているという事をユダヤ人達は世界に本当に理解してもらいたくなかったのです。ですから彼らは(ユダヤ人達に敵対して)適切な行動を取っていたのです。

彼らは・・・私は言わなければなりません、彼らはどこでも彼らが可能なところでユダヤ人に対して差別したのでしょうか?彼らはユダヤ人を敬遠したのです。私達は同じ事を中国人や黒人、カトリック教徒やこの国にいる私達を敵に売り、私達に敗北をもたらしたその他の人々にしたことでしょう。

さて、しばらくして、世界のユダヤ人達は何をすべきかわからなかったので彼らはアムステルダムで会議を招集しました。1933年7月には世界中のあらゆる国からのユダヤ人達が参加しました。そして彼らはドイツに言ったのです。「ヒトラーを解雇しろ!そして全てのユダヤ人達を共産党員であろうが何であろうが元のポジションに戻しなさい。あなた方は我々をそのように扱う事はできません!そして我々、世界のユダヤ人達はあなた方を呼び出し、この最後通牒を提供しているのです。」ドイツは彼らに言いました。・・・想像できるでしょう。そこでユダヤ人達は何をしたのでしょうか。

1917年、共産党員が数日間ドイツを占領しました。ローザ・ルクセンブルクとカール・リープクネヒトやドイツにいるユダヤ人のグループが3日間政府を乗っ取ったのです。実際、カイザーが戦争を終えた時、彼はオランダに逃亡しました。なぜなら彼らがロシアでした様に共産主義がドイツを引き継ぐだろうと彼は考えていたからです。そして彼はロシア皇帝がロシアで受けたのと同じ運命に会うのではないかと思っていたからです。だから彼は去って安全と防衛の為にオランダへ向かったのです。

さて、当時、ドイツでの共産主義の脅威は破棄されました。静かでした。ユダヤ人達はまだ自分達の元の地位を取り戻そうと働いていました。そしてドイツ人達は誰の頭の髪の毛を傷つける事なくできる限りの方法で彼らと戦っていました。ひとつの同じグループとして禁酒法支持者達は酒に興味を持つ人々と戦い、彼らは互いにピストルで戦うといった事はしませんでした。彼らはできる全ての方法で戦ったのです。ドイツではそういった方法で彼らはユダヤ人と戦っていたのです。

そして当時、気にしてみて下さい。8千万から9千万人のドイツ人がいて、そこにいたユダヤ人はたった46万人だったのです。ドイツにいるユダヤ人人口は0.5%以下だったのです。そしてまだ、彼らは全ての報道を支配し、ほとんどの経済をも支配していました。なぜなら、彼らは安いお金で入って来ていたので、・・・あなたはマークが切り下げられた方法はご存知でしょう。・・・彼らは実質的に全てを買ったのです。

さて1933年にドイツが降伏を拒否した時に気づいて下さい、アムステルダムでのユダヤ人の世界会議で彼らは解散してアメリカ代表団とその会議全体のトップであったアンタマイアー氏が米国に戻り、彼は船からABCへ行き米国中に流れるラジオの中で彼は言いました。「世界のユダヤ人は今、ドイツに対して聖戦を宣言致します。我々は現在、ドイツに対して神聖な紛争に従事しています。そして我々は彼らを餓死で降伏させようとしています。我々は彼らに敵対し世界的なボイコットを使うつもりで、それが彼らを破壊することでしょう。なぜなら彼らは輸出業に依存しているからです。」

そしてドイツの食糧供給の2/3が輸入されなければならないのは事実で、輸出での収益でのみ輸入が可能だったのです。彼らの労働力・・・ですからドイツが輸出できない場合にはドイツの人口の2/3が餓死しなければならなかったのです。ただもう1/3の人口以上のための十分な食料がなかったのです。

さて、私がここに持っているこの宣言の中で、それはページ上に印刷されています。全体のページに。1933年8月7日のニューヨークタイムスの中でサミュエル・アンターマイアー氏は大胆に述べています。「この経済的ボイコットは我々の自己防衛の手段なのです。ルーズベルト大統領は全国的な回復の管理の中での使用を提唱してきています。」

それをあなた方の何人かは覚えているかもしれませんが、そこでニューディールによって定められたルールに従わない限り、誰もがボイコットをすることになっていて、もちろんこれはその時点で最高裁判所によって違憲と宣言されました。

それにも関わらず、世界のユダヤ人達はドイツに敵対してボイコットを宣言し、とても効果的だったために世界中どの場所の店でも「ドイツ製」という文字がついた物はひとつも見つけられない程でした。

実際、ウールワース社の幹部は数百万ドルもの価値のある瀬戸物や皿を川の中へ捨てなければならず、そうしなければ彼らの店がボイコットされるのだと私に教えてくれました。もし誰かが来て「ドイツ製」のマークの入った皿を見つけると、彼らは「ヒトラー」や「殺人犯」等のサインで南部で行われている座り込みデモのようなもので取り上げられてしまうのです。

シュトラウスと呼ばれる家族によって支配され、ユダヤ人所有のR.H.メイシーでは、そこで女性がケニッツから来た「ドイツ製」のマークのあるストッキングを見つけました。それは綿のストッキングでした。それらは20年はそこにあったかもしれないものでした。なぜなら、私はこの20年来、女性の足を観察してきましたが、綿のストッキングを見たことがなかったからです。ですからメイシーが、「殺人犯」だとか「ヒトラー」等と書かれたサインを持つ数百人の人々が周囲を歩いてボイコットされているのを私は見たのです。

さて、その時までにドイツではどのユダヤ人の頭の髪の毛さえも傷つけられる事はなかったのです。苦しみも飢餓も殺人も何もありませんでした。

さて、当然ドイツ人達は言いました。「私達に対してボイコットを宣言し、私達全員を失業に見舞わせ、私達の産業を行き詰らせるこれらの人々は何故なのか、誰なのでしょうか?誰が私達にこんなことをするのでしょうか?」と。彼らは当然憤慨しました。確かに彼らはユダヤ人によって所有される店舗でカギ十字を描いていました。

何故ドイツは行って自分達のお金を店主へ与えるべきなのでしょうか。その店主はボイコットの一部であり、ドイツを飢餓で世界のユダヤ人に対して降伏させるつもりであり、彼らの首相や学長であるべきだった人々を指図するつもりであるのにですか?馬鹿げています。

それはしばらく続き、1938年にポーランド出身のユダヤ人がパリでドイツ大使館に入り、ドイツ人職員の一人を撃った時に終わりました。ドイツ人は本当にドイツ国内でユダヤ人に対し乱暴に扱うようになったのです。そして彼らが窓を壊したり、通りで喧嘩等を見かけるようになったのです。

さて、「私は”反ユダヤ主義”という言葉を使うのは嫌いです。なぜなら無意味ですから」と言う人々の為に、ですが、依然意味はあるのです。ですから私はそれを使わなければなりません。ドイツでのユダヤ人に対する感情の唯一の理由はユダヤ人には責任があったという事だったのです。

第一が第一次世界大戦です。2番目は世界規模のボイコットです。3番目は・・・第一次世界大戦で彼らには責任があったと私は言ったでしょうか?ボイコットのために - そしてまた、第二次世界大戦のために

この事が手に負えなくなった後、ユダヤ人とドイツにとってどちらが生き残るか確認するために戦争で角を組み合わせる事が絶対的に必要だったのです。

一方で私はドイツに住んでいました。そしてドイツ人達がヨーロッパがキリスト教か共産主義になるのを決めていたことを私は知っていました。中間はありませんでした。キリスト教徒か共産主義になろうとしていたのです。そしてドイツ人は「可能ならばキリスト教を維持するつもりだ」と決定したのです。

そして彼らは再び武装し始めたのです。そしてそこでの意図は、米国がソ連を認識する頃には、それは1933年の11月でした。ソ連が非常に強力になっており、ドイツは気づいたのです。「私達が強い限りは私達の順番はすぐにやってくるだろう。」と。

続きを読む


返信 · 3






  2016/02/05 03:33 #:652033

余力残す程度に参戦した第一次と総力戦で燃え尽きた第二次か。
あんまり本気で戦争しちゃうと負けた時が悲惨よね。

  2016/02/05 05:22 #:652048

ドイツが国内の労働者と保守層の対立そらすために
戦争起こそうとしてオーストリア煽りまくったのが悪い。

  2016/02/05 06:56 #:652069

※9
民主主義の名目で帝王制度を破壊したい連中の思惑もあったから、どちらか一方が悪いとは一概にも言えないだろう

  2016/02/05 16:07 #:652171

ミクロネシア連邦はドイツの植民地



新着オススメフットライン
新着記事
05/24 日本人の結婚離れ 去年の婚姻件数は63万5000組 戦後最少にwww
05/24 西日本人「雑炊するから残った汁鍋に戻して」 東日本人「え?」 西日本特有の風習が汚すぎると話題に
05/24 欧米人「日本人みたいに汚い音を立ててスープをまき散らしながらラーメンを食べるのは絶対に嫌!」
05/24 韓国の百貨店「中国人観光客の購入金額は6万7540円。日本人観光客の購入金額はなんと僅か7400円」
05/24 日本が世界に誇れるものってなんなの?
関連記事
コメント投稿


管理者にだけ表示を許可する


  

日本人、第一次世界大戦に興味無し

1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:48:35.86 ID:PlkTO6Ct0.net
俺も正直そんなに興味ないし知識ないけど、学ぶべきところ多い気がする

なんで第一次世界大戦からたった20年で第二次世界大戦になってしまったのかとか

http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1442404115/


5: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:49:49.29 ID:XdhUNzW8r.net
ルーマニアとかいうぐうゴミ

7: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:50:07.35 ID:7ae8tXgxa.net
塹壕戦と言う暗黒

9: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:50:43.62 ID:PlkTO6Ct0.net
>>7
毒ガス攻撃とかも始まるし最悪よ

10: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:51:00.88 ID:Tv48xIwK0.net
ヴェルサイユ条約が中途半端だから
ドイツを完全に骨抜きにすえわけでもなくかといって新体制に組み込むわけでもなく

15: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:52:18.93 ID:3hu5Z5G90.net
>>10
工業地帯は切り離すべきだったね

12: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:51:42.58 ID:2uYcc95S0.net
第一次世界大戦の時も今は戦争なんて起きんやろみたいな風潮だったんやろ

336: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 21:42:00.05 ID:p+sdx8jk0.net
>>12
いつか起きると思われてた
特にフランスとドイツは国民が戦争が起こった時戦わなければならないって考えが浸透していた

17: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:52:27.87 ID:KC0I9KbzM.net
日露があったしな

19: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:52:55.54 ID:6i1ABe4vd.net
トルコ上陸作戦に参加したのに双方とも忘れて親日国になってて草

23: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:53:52.62 ID:qRWcPD/y0.net
ロシア革命時に日本軍がバイカル湖まで攻め入ったという事実

24: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:53:57.86 ID:+7fgdh2Sd.net
第一次世界大戦で活躍しまくったオーストリア人のアドルフとかいう伝令兵

29: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:55:13.33 ID:xxMT0T6mK.net
空飛べるようになってからの戦争は面白くない

41: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:56:12.99 ID:mT2k9XzB0.net
>>29
それより無線じゃないかなあ

30: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:55:19.05 ID:kGA9goyT0.net
日中戦争にも興味ないからな

46: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:57:03.61 ID:+7fgdh2Sd.net
>>30
これなんでなの?南京だけやたら知名度あるけど日本軍がどこまで進軍したかとかみんな知らない

61: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:59:15.45 ID:+U0krnsGM.net
>>46
華もないし残当
「被害そこそこ出たけど前線進んだやで~ でも原住民の協力得られンゴねぇ」
を8年繰り返しているようなもんやし

62: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:59:18.04 ID:mT2k9XzB0.net
>>46
東南アジアへの進出ルートは細かく教えられるのに、
シナでの戦闘はぜんぜん教わらなかったな…
歴史の教科書でも突然南京大虐殺が発生して、いきなり負けてる

31: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:55:20.98 ID:mT2k9XzB0.net
第一次大戦の資料ってそんなに残ってないよね

47: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:57:26.78 ID:/6w3IhVX0.net
未だに残る中東問題とか割と因果な戦争なのな

50: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:57:58.44 ID:jDoPx825K.net
日本が捕虜に捕った奴等が捕虜生活を満喫してたのは知ってる

60: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:59:06.86 ID:MD7gEa6Q0.net
>>50
そりゃ日本は近代国家ですよアピールするいい機会やったからな

53: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:58:28.01 ID:PlkTO6Ct0.net
直接の原因になったオーストリア・ハンガリー帝国とセルビアがほとんど出てこない謎

59: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 20:58:58.45 ID:ryAdeVMZa.net
ドイツ 0勝2敗 99.99

げるま~ん(笑)

82: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 21:02:35.60 ID:3Xd2IqiWa.net
>>59
選手はウルトラエース揃いなのにな

66: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 21:00:11.53 ID:6fNqLl3M0.net
日本的にはアジアのドイツ領潰して終わりやからな

76: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 21:01:44.90 ID:ryAdeVMZa.net
オランダとかいう日本の味方をしたばかりに3流国家に落ちた哀れな国

84: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 21:03:08.51 ID:Tv48xIwK0.net
>>76
なんの話?

109: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 21:06:52.26 ID:ryAdeVMZa.net
>>84
オランダは日本にかなり投資してかなり味方してたのにWW2で植民地完全に潰されて立ち上がれなくなったという歴史がある。
日本が一番謝罪しなきゃいかん国は中国でも韓国でもなくオランダらしい

121: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 21:08:19.00 ID:j2tn0KOR0.net
>>109
インドネシア独立戦争でアメリカの制止を聞かずに40万人も兵力投入して負けた上にマーシャル・プランすら停止されるという
アホなことしてるからやろ

170: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 21:17:30.36 ID:lnSYeIIr0.net
>>109
日蘭会商で
「アメリカさんの手前要求全部は無理やけど
石油一部は売ってもええで」って言ってたくらいやしな

81: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 21:02:25.15 ID:IxsIqUuW0.net
ヨーロッパのゴタゴタだしな

85: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 21:03:15.37 ID:gvm5vL/mK.net
泥、泥、泥

94: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 21:03:51.43 ID:0QL6KgtVK.net
まさかのロシアが途中離脱

96: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 21:04:25.24 ID:JRWUegbf0.net
ドイツ強すぎだろ
英仏フルボッコ

101: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 21:04:53.91 ID:SM3+Nhl30.net
第一次大戦が日本の最盛期だよな

107: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/09/16(水) 21:06:22.30 ID:YGs5sCKVp.net
>>101
連合国側だったもんな

あんまやる気なくてドイツ人の捕虜から第九教わったエピソードすき




 以下コメント欄となります
  2016/02/05 01:50 #:652018

当時の欧州の事情も良く判んなく興味無かったが
映像の世紀見て興味持ち今ではww2より面白い

  2016/02/05 02:09 #:652023

ww2→起きるべくして起きた
ww1→なぜあんな形で起きてしまったのか

ww1はいつか起きるものだったと思うのやけど、現代の感覚で考えると開戦の経緯がメチャクチャ過ぎるわ
どう見ても19世紀までの戦争と同様に「まあ誰か調停してくれるやろ」感が凄い

主だった国がみんな戦争に参加しとるから調停役がおらんのにな

  2016/02/05 02:23 #:652025

オーストリアがセルビアなぐったら、ドイツがロシアに殴られる事に備えてフランスに攻め込んだ

  2016/02/05 02:24 #:652026

おいやっちまおうぜ、やっちゃいますか!?

ままそう焦んないでよ、パパッとやってオワリっ!

あれ~おかしいね、終わらないね

やべぇよ…やべぇよ…

やめてくれよ(絶望)

  2016/02/05 02:32 #:652027

ベンジャミン・フリードマン①何故米国がWW1に参戦したのか
ベンジャミン・フリードマン②英仏露のドイツに対して企んだ陰謀と理由
ベンジャミン・フリードマン③ユダヤ人の正体とは?

  2016/02/05 02:39 #:652029


さて、ドイツでは一発の弾丸さえもドイツ国土へは打ち込まれていなかったのです。国境を越えてドイツに入った敵兵士も全くありませんでした。そして、ドイツはイギリスに和平条項を持ちかけていたのです。彼らが英国に対して示した和平の交渉は、法律用語で言えば"status quo ante basis"(旧状を保持する)というものでした。これは、「戦争を止めて、すべてを戦争前の状態に戻そう」ということです。イギリスは1916年夏にはこの申し出を真剣に検討していました。他に選択肢は無かったからです。ドイツの寛大な提案である和平交渉を受け入れるか、もしくは、完全に敗北している戦争を継続するか、どちらかでした。

和平交渉が進んでいる中、ドイツのシオニストたちは、東ヨーロッパのシオニストたちを代表して、英国戦争内閣を訪問しました。ですが、この話は長くなるので端折りますが、ここにいる誰でも興味があるか、私が言っている事が可能だと信じていない場合には、私は自分の話を証明できる文書は全部残してあります。

ロンドンへ行ったシオニスト達は英国の戦時内閣へ行って言ったんです。「ここを見て下さい。この戦争にまだ勝つ事ができますよ。あきらめる必要はありません。ドイツから申し出された和平交渉を今受け入れる必要はありません。アメリカが同盟国として出てくるのなら勝つ事ができるのです。」

。彼らは英国に言いました。「イギリスの同盟国としてアメリカを参戦させ、あなたたちの側で戦わせることを保証しましょう。条件は、勝利の後にわれわれにパレスチナを与えると約束してもらうことです。」言い換えると、彼らはこの取引をしたのです。我々がアメリカを同盟国として参戦させる。その代償に、ドイツ、オーストリア、ハンガリーとトルコを負かし勝利を収めたら、パレスチナを差し出さなければならない。

そしてその後すぐに、覚えておられる方が何人いるかは分かりませんが、ほぼ完全に親ドイツであった米国は、完全に親ドイツであった米国は、なぜならこの国の新聞はユダヤ人によって支配されていましたし、銀行家達はユダヤ人でしたし、この国のマスコミの全てのメディアはユダヤ人によって支配されていました。

そして彼らは親ドイツ派だったのです。なぜならユダヤ人達は多くの場合ドイツから来ていて、彼らはドイツがロシア皇帝をいたぶるのを見たかったのです。ユダヤ人はロシア皇帝が嫌いで、彼らはこの戦争でロシアが勝つのを見たくはなかったのです。ですからドイツの銀行家達は、ドイツのユダヤ人達は、クーン・ロブや米国内にあるその他の巨大銀行企業はフランスや英国に1ドルたりとも資金を調達することを拒んだのです。彼らは傍観して言ったのです。「フランスと英国がロシアと組んでいる限り1セントも出さない」とね。

しかし彼らはドイツにお金をつぎ込み、ロシア帝政体制をいたぶろうとロシアに敵対してドイツと戦っていたのです。

さて、これらの同じユダヤ人達はパレスチナを得る可能性を見ると英国へ行きこの契約をしたのです。その時全てが変わったのです。赤信号から青信号へ変わる交通信号の様でした。


  2016/02/05 02:46 #:652030


さて、戦争が終わり、1919年にドイツ人達はパリへ、パリ講和会議へ行きました。
その講和会議でユダヤ人達がドイツを分断し、ヨーロッパを振り分けた時に、ヨーロッパの領土の特定の地域の権利を主張する全てのそれらの国に対し、ユダヤ人達は言ったんです。「我々のパレスチナはどうなるんですか?」とね。そして彼らはドイツ人達には最初の知識になるこのバルフォア宣言を出して見せたのです。

ですからドイツ人達は初めて気づいたのです。全てはゲームだったことを。だから米国が参戦したのだと。そしてドイツ人達は初めて気づいたのです。自分達が敗北し、課せられた大変な賠償をこうむったのはなぜなら、シオニスト達はパレスチナが欲しくて彼らはどんな犠牲を払ってもそれを得ようと決め込んでいたからです。

さて、それは別の非常に興味深い点を私達にもたらしています。ドイツ人達がこれに気づいた時に彼らは当然憤慨していました。

それまでユダヤ人達はドイツで世界中のどこの国でも決してないような良い暮らしを享受していたのです。そこにはラーテナウ氏がいて、彼は産業と金融において、おそらく、この国のバーナード・バルークの100倍重要な人物ではないでしょうか。北ドイツロイドとハンブルクーアメリカラインの2つの大きな汽船ラインを所有するバリン氏がいました。ホーヘンゾレン一家の為の銀行家である Bleichroder氏もいました。ハンブルクには世界最大の商業銀行家であるウォーバーグがいました。ユダヤ人達はドイツでとても良い暮らしをしていたのです。それについては何の疑問もありません。

さて、ドイツ人達は「これはかなりの裏切りではないのか」と感じたのです。「我々は彼らに対してとても良くしてきてあげたのに」

そしてロシアで初の共産主義革命が失敗してユダヤ人達はロシアから混乱して出され、彼らが全員ドイツに向かった1905年からドイツは彼らに避難所を与えてくれたのです。そして彼らはとても親切に扱われたのです。

そして彼らはいわゆる”ユダヤ人の連邦”としてパレスチナを何よりも望んでいた為に、ここで彼らは全く理由も無しにドイツを川へ売り落としたのです。


















5EM ちゃん 2 日前
②【ベンジャミン・フリードマン 英仏露のドイツに対して企んだ陰謀と理由】

想像してみてください。するとその敗北後に、この国内の中国人だったと、ずっと私達と共に仕事をしてきた忠実な市民だと思っていた私達の中国人市民がソ連に私達を売って、彼らによってアカの中国が私達に敵対して参戦したのだったとわかったのなら、中国人に対して米国内で私達はどのように感じるでしょうか。どの通りでも彼らの内の一人も顔を見せる勇気のある者はいないと思います。彼らをやっつけるのに十分に便利な街灯もなかったのです。どのように私達が感じるか想像してみて下さい。まぁ、それがドイツ人達がそれらのユダヤ人に対して感じた事です。「我々は彼らに対してとても良くしてきてあげたのに」

そしてロシアで初の共産主義革命が失敗してユダヤ人達はロシアから混乱して出され、彼らが全員ドイツに向かった1905年からドイツは彼らに避難所を与えてくれたのです。そして彼らはとても親切に扱われたのです。

そして彼らはいわゆる”ユダヤ人の連邦”としてパレスチナを何よりも望んでいた為に、ここで彼らは全く理由も無しにドイツを川へ売り落としたのです。

さて、ナホム・ソコロウや全ての偉大な指導者や今日、あなたが読むシオニズムとの接点の中での大物達、彼らは1919年、1920年、21年22年、23年と彼らの全ての論文に書きました。そして出版物は彼らの声明文で一杯だったのです。そのドイツでのユダヤ人に対する感情は、我々の仲裁や米国がドイツに敵対し参戦した事によってもたらされた酷い敗北であった事に彼らが気づいたという事実によるものである、と。

ユダヤ人自身がそれを認めていたのです。

ユダヤ人の血の入ったグラスはコカ・コーラやミュンヘンビールよりも良い味ではないと1919年に発見したのはドイツだったのです。そこには宗教的感情はなかったのです。彼らの単なる宗教的信念の理由でそれらの人々に対して何の感傷もなかったのです。全てが政治的だったのです。経済的だったのです。決して宗教的ではなかったのです。ユダヤ人が家に帰って幕屋を下ろして「イスラエルよ、聞け」だとか「私達の父よ」と言おうがドイツでは誰も気にしていなかったのです。米国で彼らが気にする程ドイツでは誰も気にしていなかったのです。

さて、後にドイツで現れたこの感情はひとつの事によるものだったのです。ドイツ人が自分達の惨敗はユダヤ人のせいだと気づいたからです。なぜなら、第一次世界大戦はドイツの責任ではなく、理由もなしにドイツに敵対して始まったからです。彼らは何もないのに有罪とされたのです。唯一成功していたという以外はです。

彼らは大きな海軍を築きました。彼らは世界貿易を築いたのです。

あなた方は思い出さなければなりません。ドイツがナポレオンの時代、フランス革命の時代には300もの小国でドイツ帝国は形成されていたのです。300の小国です。小さな都市国家や君主、公国などでした。300もの小さな独立した政治的実体です。そしてその頃に・・・ナポレオンとビスマルクの時代の間にそれらの国々は一国に統合されました。

そしてその時代より50年以内に彼らは世界列強のひとつとなったのです。彼らの海軍は英国海軍のライバルになり、彼らは世界中でビジネスをし、彼らは誰より安く販売し、誰よりも良い製品を作る事ができたのです。そしてどうなったのでしょうか。その結果どうなったのでしょうか。

英国、フランス、ロシアの間で”我々はドイツを押さえつける必要がある”との陰謀があったのです。なぜならそれら3カ国がドイツを政治的に地図から除こうと決める正当な理由が世界の歴史からはひとつも見つからないからです。さて、その後何が起きたのでしょうか。

自分達の敗北がユダヤ人のせいだとドイツが気づいた時、当然彼らは憤慨したのです。ですがどのユダヤ人の髪の毛一本でさえ傷つけられていないのです。一本もです。

国務省の全機密文書にアクセスしたジョージタウン大学のタンシル教授は自分の本の中に、1933年にいわゆる政治犯の収容所を調査するためにコーデル・ハルがヨーロッパに送ったユダヤ人のヒューゴ・スコーンフェルトによって書かれた国務省の文書を引用して書きました。そして彼らが非常に良い状態であることがわかったと彼は返信しました。彼らは良好な体型であり、誰もが良く扱われていました。そして彼らは共産主義者で一杯だったのです。彼らの多くはユダヤ人達でした。なぜなら当時ヨーロッパでユダヤ人達はおそらく98%の共産主義者だったからです。そしてそこには祭司や閣僚がいましたし、労働指導者やメーソン達、そして国際的な提携を持つその他の人々がいました。

さて、ユダヤ人達はこの事実に蓋をし続けようとした感じでした。彼らがドイツを売り、ドイツが彼らに憤慨しているという事をユダヤ人達は世界に本当に理解してもらいたくなかったのです。ですから彼らは(ユダヤ人達に敵対して)適切な行動を取っていたのです。

彼らは・・・私は言わなければなりません、彼らはどこでも彼らが可能なところでユダヤ人に対して差別したのでしょうか?彼らはユダヤ人を敬遠したのです。私達は同じ事を中国人や黒人、カトリック教徒やこの国にいる私達を敵に売り、私達に敗北をもたらしたその他の人々にしたことでしょう。

さて、しばらくして、世界のユダヤ人達は何をすべきかわからなかったので彼らはアムステルダムで会議を招集しました。1933年7月には世界中のあらゆる国からのユダヤ人達が参加しました。そして彼らはドイツに言ったのです。「ヒトラーを解雇しろ!そして全てのユダヤ人達を共産党員であろうが何であろうが元のポジションに戻しなさい。あなた方は我々をそのように扱う事はできません!そして我々、世界のユダヤ人達はあなた方を呼び出し、この最後通牒を提供しているのです。」ドイツは彼らに言いました。・・・想像できるでしょう。そこでユダヤ人達は何をしたのでしょうか。

1917年、共産党員が数日間ドイツを占領しました。ローザ・ルクセンブルクとカール・リープクネヒトやドイツにいるユダヤ人のグループが3日間政府を乗っ取ったのです。実際、カイザーが戦争を終えた時、彼はオランダに逃亡しました。なぜなら彼らがロシアでした様に共産主義がドイツを引き継ぐだろうと彼は考えていたからです。そして彼はロシア皇帝がロシアで受けたのと同じ運命に会うのではないかと思っていたからです。だから彼は去って安全と防衛の為にオランダへ向かったのです。

さて、当時、ドイツでの共産主義の脅威は破棄されました。静かでした。ユダヤ人達はまだ自分達の元の地位を取り戻そうと働いていました。そしてドイツ人達は誰の頭の髪の毛を傷つける事なくできる限りの方法で彼らと戦っていました。ひとつの同じグループとして禁酒法支持者達は酒に興味を持つ人々と戦い、彼らは互いにピストルで戦うといった事はしませんでした。彼らはできる全ての方法で戦ったのです。ドイツではそういった方法で彼らはユダヤ人と戦っていたのです。

そして当時、気にしてみて下さい。8千万から9千万人のドイツ人がいて、そこにいたユダヤ人はたった46万人だったのです。ドイツにいるユダヤ人人口は0.5%以下だったのです。そしてまだ、彼らは全ての報道を支配し、ほとんどの経済をも支配していました。なぜなら、彼らは安いお金で入って来ていたので、・・・あなたはマークが切り下げられた方法はご存知でしょう。・・・彼らは実質的に全てを買ったのです。

さて1933年にドイツが降伏を拒否した時に気づいて下さい、アムステルダムでのユダヤ人の世界会議で彼らは解散してアメリカ代表団とその会議全体のトップであったアンタマイアー氏が米国に戻り、彼は船からABCへ行き米国中に流れるラジオの中で彼は言いました。「世界のユダヤ人は今、ドイツに対して聖戦を宣言致します。我々は現在、ドイツに対して神聖な紛争に従事しています。そして我々は彼らを餓死で降伏させようとしています。我々は彼らに敵対し世界的なボイコットを使うつもりで、それが彼らを破壊することでしょう。なぜなら彼らは輸出業に依存しているからです。」

そしてドイツの食糧供給の2/3が輸入されなければならないのは事実で、輸出での収益でのみ輸入が可能だったのです。彼らの労働力・・・ですからドイツが輸出できない場合にはドイツの人口の2/3が餓死しなければならなかったのです。ただもう1/3の人口以上のための十分な食料がなかったのです。

さて、私がここに持っているこの宣言の中で、それはページ上に印刷されています。全体のページに。1933年8月7日のニューヨークタイムスの中でサミュエル・アンターマイアー氏は大胆に述べています。「この経済的ボイコットは我々の自己防衛の手段なのです。ルーズベルト大統領は全国的な回復の管理の中での使用を提唱してきています。」

それをあなた方の何人かは覚えているかもしれませんが、そこでニューディールによって定められたルールに従わない限り、誰もがボイコットをすることになっていて、もちろんこれはその時点で最高裁判所によって違憲と宣言されました。

それにも関わらず、世界のユダヤ人達はドイツに敵対してボイコットを宣言し、とても効果的だったために世界中どの場所の店でも「ドイツ製」という文字がついた物はひとつも見つけられない程でした。

実際、ウールワース社の幹部は数百万ドルもの価値のある瀬戸物や皿を川の中へ捨てなければならず、そうしなければ彼らの店がボイコットされるのだと私に教えてくれました。もし誰かが来て「ドイツ製」のマークの入った皿を見つけると、彼らは「ヒトラー」や「殺人犯」等のサインで南部で行われている座り込みデモのようなもので取り上げられてしまうのです。

シュトラウスと呼ばれる家族によって支配され、ユダヤ人所有のR.H.メイシーでは、そこで女性がケニッツから来た「ドイツ製」のマークのあるストッキングを見つけました。それは綿のストッキングでした。それらは20年はそこにあったかもしれないものでした。なぜなら、私はこの20年来、女性の足を観察してきましたが、綿のストッキングを見たことがなかったからです。ですからメイシーが、「殺人犯」だとか「ヒトラー」等と書かれたサインを持つ数百人の人々が周囲を歩いてボイコットされているのを私は見たのです。

さて、その時までにドイツではどのユダヤ人の頭の髪の毛さえも傷つけられる事はなかったのです。苦しみも飢餓も殺人も何もありませんでした。

さて、当然ドイツ人達は言いました。「私達に対してボイコットを宣言し、私達全員を失業に見舞わせ、私達の産業を行き詰らせるこれらの人々は何故なのか、誰なのでしょうか?誰が私達にこんなことをするのでしょうか?」と。彼らは当然憤慨しました。確かに彼らはユダヤ人によって所有される店舗でカギ十字を描いていました。

何故ドイツは行って自分達のお金を店主へ与えるべきなのでしょうか。その店主はボイコットの一部であり、ドイツを飢餓で世界のユダヤ人に対して降伏させるつもりであり、彼らの首相や学長であるべきだった人々を指図するつもりであるのにですか?馬鹿げています。

それはしばらく続き、1938年にポーランド出身のユダヤ人がパリでドイツ大使館に入り、ドイツ人職員の一人を撃った時に終わりました。ドイツ人は本当にドイツ国内でユダヤ人に対し乱暴に扱うようになったのです。そして彼らが窓を壊したり、通りで喧嘩等を見かけるようになったのです。

さて、「私は”反ユダヤ主義”という言葉を使うのは嫌いです。なぜなら無意味ですから」と言う人々の為に、ですが、依然意味はあるのです。ですから私はそれを使わなければなりません。ドイツでのユダヤ人に対する感情の唯一の理由はユダヤ人には責任があったという事だったのです。

第一が第一次世界大戦です。2番目は世界規模のボイコットです。3番目は・・・第一次世界大戦で彼らには責任があったと私は言ったでしょうか?ボイコットのために - そしてまた、第二次世界大戦のために

この事が手に負えなくなった後、ユダヤ人とドイツにとってどちらが生き残るか確認するために戦争で角を組み合わせる事が絶対的に必要だったのです。

一方で私はドイツに住んでいました。そしてドイツ人達がヨーロッパがキリスト教か共産主義になるのを決めていたことを私は知っていました。中間はありませんでした。キリスト教徒か共産主義になろうとしていたのです。そしてドイツ人は「可能ならばキリスト教を維持するつもりだ」と決定したのです。

そして彼らは再び武装し始めたのです。そしてそこでの意図は、米国がソ連を認識する頃には、それは1933年の11月でした。ソ連が非常に強力になっており、ドイツは気づいたのです。「私達が強い限りは私達の順番はすぐにやってくるだろう。」と。

続きを読む


返信 · 3






  2016/02/05 03:33 #:652033

余力残す程度に参戦した第一次と総力戦で燃え尽きた第二次か。
あんまり本気で戦争しちゃうと負けた時が悲惨よね。

  2016/02/05 05:22 #:652048

ドイツが国内の労働者と保守層の対立そらすために
戦争起こそうとしてオーストリア煽りまくったのが悪い。

  2016/02/05 06:56 #:652069

※9
民主主義の名目で帝王制度を破壊したい連中の思惑もあったから、どちらか一方が悪いとは一概にも言えないだろう

  2016/02/05 16:07 #:652171

ミクロネシア連邦はドイツの植民地



新着オススメフットライン
新着記事
05/24 日本人の結婚離れ 去年の婚姻件数は63万5000組 戦後最少にwww
05/24 西日本人「雑炊するから残った汁鍋に戻して」 東日本人「え?」 西日本特有の風習が汚すぎると話題に
05/24 欧米人「日本人みたいに汚い音を立ててスープをまき散らしながらラーメンを食べるのは絶対に嫌!」
05/24 韓国の百貨店「中国人観光客の購入金額は6万7540円。日本人観光客の購入金額はなんと僅か7400円」
05/24 日本が世界に誇れるものってなんなの?
関連記事
朝日新聞の訂正は、韓国と共謀して問題を「強制連行」から「性奴隷」にすり替えようとしている→朝日はチョン国の報道機関だったwwwwwwww
小林よしのり氏 「7年も先のオリンピックが決まったからといって、大騒ぎしてる大衆は本当にめでたい」
アグネス・チャン、匿名の右翼系ブログの批判に激怒!「著者を特定できれば、裁判で決着をつける」
【有給休暇取得率低くても】 日本は外国よりも「休みすぎ」だったことが判明wwwwwwwww
TBS 「助けて! 世界ふしぎ発見の視聴率が低迷! AKBを出せばお前ら見てくれるよな?」
コメント投稿


管理者にだけ表示を許可する


    お世話になっております

    最新コメント
日本人の結婚離れ 去年の婚姻件数は63万5000組 戦後最少にwww:06/22 20:51
日本人の結婚離れ 去年の婚姻件数は63万5000組 戦後最少にwww:06/22 19:46
日本史上最も偉大なスポーツ選手wwww:06/22 00:00
日本人の結婚離れ 去年の婚姻件数は63万5000組 戦後最少にwww:06/21 22:24
日本人の結婚離れ 去年の婚姻件数は63万5000組 戦後最少にwww:06/21 16:39
欧米人「日本人みたいに汚い音を立ててスープをまき散らしながらラーメンを食べるのは絶対に嫌!」:06/21 11:09
欧米人「日本人みたいに汚い音を立ててスープをまき散らしながらラーメンを食べるのは絶対に嫌!」:06/21 10:56
    ニューリリース
    スポンサード リンク
    スポンサード リンク
    オススメ記事
ブログパーツ ブログパーツ


    スポンサード リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。